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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)151号 判決 1992年12月24日

三重県亀山市栄町一五〇四番地の一

原告

カメヤマローソク株式会社

右代表者代表取締役

谷川誠士

右訴訟代理人弁護士

冨島照男

宮澤俊夫

小川淳同

同弁理士

桜井守

岡山県倉敷市西阿知町一三二〇番地の五

被告

ペガサスキャンドル株式会社

右代表者代表取締役

井上隆夫

右訴訟代理人弁理士

大多和明敏

大多和曉子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六二年審判第六二七二号事件について平成二年四月五日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「装飾用キャンドル」とする発明(以下「本件発明」という。)に係る特許第一三四五七九四号(昭和五六年一月二四日出願、昭和六〇年六月二七日出願公告、昭和六一年一〇月二九日設定登録、以下「本件特許」という。)の特許権者であるところ、原告は、昭和六二年四月一〇日、被告を被請求人として本件特許を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、右請求を昭和六二年審判第六二七二号事件として審理した結果、平成二年四月五日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

二  本件発明の要旨

多数の炎により文字や形状を表現するようになした多数のキャンドルよりなる装飾用キャンドルにおいて、該多数のキャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸条体に各キャンドルの燃焼芯の先端部で連結され、多数のキャンドルが導火用の糸条体を介して連続的に点火できるようになしたことを特徴とする装飾用キャンドル。

三  審決の理由の要点

1  本件発明の要旨は前項記載のとおりである。

2  請求人(原告)は、本件特許を無効とする理由として、(一) 昭和五九年七月六日付け及び昭和六一年六月五日付け手続補正書によりなされた補正は明細書の要旨を変更するものであるので、本願出願の日時は繰り下がり、結局、本件発明は、甲第一九号証ないし第二二号証、第二七号証及び第二八号証(いずれも本訴における書証番号である。以下挙示する書証の番号も本訴におけるものである。)に示される技術内容に基づいて容易に発明をすることができたものである旨(以下「(一)の主張」という。)、(二) 本件発明は、本件出願前公知である甲第一九号証のカタログに示される技術内容に基づいて容易に発明をすることができたものである旨(以下「(二)の主張」という。)、(三) 本件発明は、甲第二三号証、第二四号証の一、第二五号証及び第二六号証に記載される技術内容に基づいて容易に発明をすることができたものである旨(以下「(三)の主張」という。)、(四) 明細書の発明の詳細な説明には容易に実施し得る程度に発明の構成が記載されていない旨(以下「(四)の主張」という。)、主張している。

3(一)  (一)の主張について

前述の補正が明細書の要旨を変更するものであると請求人が主張する理由は、「キャンドルのワックスを気化燃焼させるための糸条体における燃焼速度が、一m当り一二秒以上の割合で導火するものである点について、何らの示唆も見当たらない」というものである。しかし、燃焼速度が「一m当り一二秒以上の割合」のものである点については、出願当初の明細書(以下「当初明細書」という。)の第1表、第2表に明記されている。そして、糸条体によりキャンドルに点火することができたというのであるから、この糸条体は「ワックスを気化」させたものであることはいうまでもない。なお、右糸条体が「燃焼残渣の少ない」ものである点については、当初明細書の第五頁に「燃焼剤のうちニトロセルロースは燃焼後全く灰も残らず」という記載がなされている。

結局、「キャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸条体」は、前述のとおり、当初明細書の第1、第2表及び第五頁に記載されているものとすることができ、前記手続補正は明細書の要旨を変更するものではない。

以上のとおりであるから、本件特許出願の出願日時が繰り下がるには到らず、したがって、本件発明を甲第一九号証ないし第二二号証、第二七号証及び第二八号証に示される技術内容に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできない。

(二)  (二)の主張について

甲第一九号証のカタログ(Wedding Candle by KAMEYAMA、亀山ローソク株式会社発行)には、その第一九頁に「多数の炎により文字や形状を表現するようになした多数のキヤンドルよりなる装飾用キャンドルにおいて、該多数のキャンドルのワックスを気化燃焼させるために炎をあげて導火する導火用の糸条体に各キャンドルの燃焼芯の先端部で連結され、多数のキャンドルが導火用の糸条体を介して連続的に点火できるようになしたことを特徴とする装飾用キャンドル。」が示されてはいる。しかし、このものは、導火速度について、「一m当り一二秒以上の割合で」導火する構成を具備するものであるか否か判然としない。即ち、本件発明は、導火速度を前述の如くに限定することにより、本件明細書に記載されるとおりの「静的イメージしかなかったキヤンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気をつくりあげる」ものである。このようにするために前述の導火速度を必要とするものである。導火速度が「一m当り一二秒」よりかなり速く、点火はするが瞬時的であるようなものと本件発明とは異なる、ということができる。

以上のとおりであって、導火速度について特に規定するところのない甲第一九号証のカタログに示されるキャンドルに基づいて本件発明が容易になし得たものとすることはできない。

(三)  (三)の主張について

甲第二三号証(フランス国特許第九二二六三五号明細書)に記載される複数のろうそくの点火装置は導火線により直接にろうそくに点火するものではなくして導火線の他に点火球を必要とするものであり、この点本件発明とは根本的に相違するものである。甲第二四号証の一(「ATTESTATO di privativa industriale」・1870年6月2日、Vol.10、No226)には、導火用の糸状体が各キャンドルの燃焼芯の先端に連結したものが示されているが、このものの導火速度は毎秒四〇cmとされていて、本件発明の導火速度と比較して相当に速く、このことからこのキャンドルの点火は単なる点火のためだけになされ、他の意味を持たないものと類推される。そして、点火後のろうそくは照明のためのものであって、全体が積極的にある特定の形状を構成するものであるようにはみえない。そして、甲第二五号証及び第二六号証には単に導火線に関する記載が認められるにすぎない。

結局、甲第二三号証、第二四号証の一、第二五号証及び第二六号証には、そのいずれにも、導火線の導火速度を「一m当り一二秒以上」とすること、このようにするのは「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気をつくりあげる」ためであることが記載されていないので、これらの刊行物に記載される技術内容に基づいて本件発明が容易になし得たものとすることはできない。

(四)  (四)の主張について

請求人は、「本件明細書には『・・・導火用の炎による装飾効果をもたらす程度の導火速度であれば、キャンドルへ確実に点火することができる。したがって、一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火するものが好ましい。』と記載されており、特許請求の範囲の項に記載された燃焼速度の数値限定を極めて曖昧なものとしている。したがって、この点における特許請求の範囲の項における記載と、発明の詳細な説明の項における記載とが対応していない。」旨主張しているが、本件明細書の右記載が、特許請求の範囲において「一m当り一二秒以上」と限定する根拠の説明であるということは請求人においても異論のないところである。ただ、請求人は、最後に「好ましい」なる記載がなされているところから「対応せず」というのであるが、「好ましい」と記載されているからとて、必ずこれを付随的ないしは任意選択的なものであると解釈しなければならないというわけではない。そして、請求人は、「糸状体をキャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火させるようにした点についての説明を明細書における発明の詳細な説明の項に見ることができない。」旨主張するが、この点は、本件発明の構成の主要部をなすところであり、表1、2及び実施例を使用して十分に説明されている。また、請求人は、表2に示される糸状体は燃焼熱量が少なくてローソクに点火することができない旨述べているが、必要な燃焼熱量は点火されるべきローソクの形状、構造、大きさ、材料その他の条件により適宜に決定されるべきものであって、一意的にその多少を論ずることはできない。

4  以上のとおりであって、本件特許を請求人の主張する前記(一)ないし(四)の理由によって無効にすることはできない。

四  審決の取消事由

審決の理由の要点1及び2は認める。同3(一)のうち、原告(請求人)の主張に関する部分及び当初明細書の第五頁に審決認定の記載があることは認めるが、その余は争う。同3(二)のうち、甲第一九号証のカタログの第一九頁に審決認定の記載があること及び本件発明が審決認定の効果を奏するものであることは認めるが、その余は争う。同3(三)のうち、甲第二三号証に記載の複数のろうそくの点火装置が、導火線の他に点火球を必要とするものであること及び甲第二四号証の一には、導火用の糸状体が各キャンドルの燃焼芯の先端に連結したものが示されており、このものの導火速度が毎秒四〇cmとされていることは認めるが、その余は争う。同3(四)のうち、原告の主張に関する部分は認めるが、その余は争う。同4は争う。

原告の主張する理由によって本件特許を無効とすることはできないとした審決の判断は誤りであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1((一)の主張に対する判断の誤り)

当初明細書(甲第二号証)の第1表には、燃焼助剤(ニトロセルロース)に加える遅燃剤の添加量を変えることによって糸条体(なお、甲第二号証には「糸状体」と記載されているが、以下、同号証の記載をそのまま引用する場合以外は、原則として「糸条体」に統一して用いることとする。)の燃焼速度を調整できることが、また、同第2表には、燃焼助剤(ニトロセルロース)自体の添加量を変えることによって糸条体の燃焼速度を調整できることがそれぞれ記載されているが、これらは、糸条体の単なる導火速度を燃焼助剤(ニトロセルロース)に対する遅燃剤の添加量及び燃焼助剤(ニトロセルロース)の添加量によって調整することができることを確認した実験例にすぎず、多数のキャンドルを連続的に点火させるための導火用糸条体に関するものではない。当初明細書には、第1表及び第2表に記載されている糸条体が炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼してこれを点火することができた点については何らの記載もないし、それら糸条体の導火によりキャンドルのワックスを気化燃焼してその点火が可能である点についての示唆すら見当たらないのである。

したがって、「キャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸条体」が、当初明細書の第1、第2表及び第五頁に記載されているものとした審決の認定は誤りである。

右のとおりであるから、右事項を初めて記載した昭和五九年七月六日付け手続補正書による補正及び昭和六一年六月五日付け手続補正書による補正は、明細書の要旨を変更するものであり、したがって、本件特許出願の出願日は右昭和五九年七月六日まで繰り下がることとなる。

ところで、いずれも昭和五九年七月六日以前に発行された甲第一九号証ないし第二二号証のカタログ・使用説明書等には、本件発明に係る装飾用キャンドルと類似するものが記載されていること、甲第二七号証(特開昭五七-一二四六一八号公報)には、キャンドルのワックスを気化燃焼させるための糸条体の燃焼速度に関する点を除き、本件発明と同一の構成のものが記載されていること、甲第二八号証(昭和五六年一〇月三日発行「週間時事」第六六ないし第六九頁)には、被告が本件発明と同一の構成からなる「メロディーキャンドル」を市販していることが記載されていることからすると、本件発明は、当業者が右甲各号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものというべきであって、これに反する審決の判断は誤りである。

2  取消事由2((二)の主張に対する判断の誤り)

甲第一九号証のカタログは、昭和五五年一一月二六日に大日本印刷株式会社中部事業部から原告に納品され、原告は直ちにこれを全国の取引業者に送付し、各取引業者は各ユーザーに配付したものであるから、右カタログは本件特許出願の出願前に頒布されたものというべく、それに記載されているキャンドルは右出願前に公知となったものである。

ところで、右カタログの第一九頁に示されている、原告の製造する「ラブファイア」の糸条体は、多数のキャンドルのワックスを気化燃焼させるために炎をあげて導火する導火用の糸条体であって、各キャンドルの燃焼芯の先端部を連結し、これら多数のキャンドルを連続して点火するものであることから明らかなように、各キャンドルを連続的に点火するための炎は糸条体に沿って移動するものであり、本件発明と同様に、キャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中で、キャンドルに順次火が灯されるのであるから、右糸条体は、審決がいうような「導火速度が一m当り一二秒よりかなり速く、点火はするが瞬間的であるようなもの」ではない。確かに、右カタログには糸条体の導火速度を示す記載はないが、右「ラブファイア」の糸条体は、それにより連結された多数のキャンドルを連続的に点火するため、その炎は糸条体に沿って移動し、その結果として、キャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中で多数のキャンドルに順次火を灯すものであり、その導火速度を速めたり、遅めたりする程度のことは当業者が自由に選択することができる範囲のものである。

したがって、甲第一九号証のカタログに示されるキャンドルに基づいて本件発明が容易になし得たものとすることはできないとした審決の判断は誤りである。

(三) 取消事由3((三)の主張に対する判断の誤り)

甲第二三号証記載のフランス国特許発明は、一箇所からの点火により複数のろうそくに点火できる装置を目的とするもので、ろうそくとろうそくとを導火線(糸条体)で結び、導火線が燃えるにつれて次々にろうそくに点火していく点において、本件発明と全く同一である。確かに、右フランス国特許発明は、導火線と点火球とが連結され、導火線が燃えるにつれて点火球が次々に燃えて点火球下のろうそくのパラフィンワックスがその炎で溶融気化し、ろうそくに点火するものであるのに対し、本件発明は、ろうそくの燃焼芯の先端部と糸条体(導火線)とを直接連結した点において異なるが、本件明細書、即ち、本件訂正公報(甲第一八号証)には、「キャンドルの芯に燃焼剤を付着しておくと着火しやすくなるため好ましい。糸条体を燃焼芯に連結した後、さらに燃焼芯全体に燃焼剤を被覆してもよい。」(第四頁下から二〇行、一九行)との記載があり、本件発明の実施例として、糸条体と燃焼芯との連結部に燃焼剤を被覆して固結部を形成したものが開示されており、この燃焼剤により被覆された固結部は甲第二三号証記載の点火球に相当するものということができる。したがって、点火球の存在を理由として、同号証記載の発明と本件発明とが根本的に相違するとした審決の認定は誤りである。

次に、甲第二四号証の一記載のイタリア国発明は、燃焼剤で処理された導火線(糸条体)が各ろうそくの燃焼芯の先端に連結され、導火線の一端に火を点けると炎がすべてのろうそくに伝わる装置である点において本件発明と同一である。確かに、同号証記載の発明における導火線の導火速度は毎秒四〇cmであって、本件発明における糸条体の導火速度と相違している。しかし、本件訂正公報には、「糸条体の一m当りの燃焼時間は上述のように容易に調節することができるが、キャンドルの燃焼芯に被覆したパラフィンワックスが導火中の炎で溶融気化させることができない程、極端に導火速度が速すぎるとキャンドルへの点火は困難である。導火中の炎による装飾効果をもたらす程度の導火速度であれば、キャンドルへ確実に点火することができる。したがって、一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火するものが好ましい。」(第四頁記載の表-2の下一行ないし五行)と記載されており、特許請求の範囲において糸条体の燃焼速度が一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火するものであると限定はしているものの、その糸条体の燃焼速度における数値限定には格別な根拠があるわけではなく、糸条体の導火速度がろうそくへ確実に点火できる程度の導火速度という意味においては、甲第二四号証の一記載の発明と本件発明とは何ら異なるところはない。

ところで、甲第二三号証には、多数の炎により文字や形状を表現するように配列した多数のキャンドルからなる装飾用キャンドルにおいて、炎をあげて導火する導火線(糸条体)により多数のキャンドルの先端部を連結し、この多数のキャンドルが導火線を介して連続的に点火できるようにした装飾用キャンドルが記載されていること、甲第二四号証の一には、配列した多数のキャンドルは炎をあげて導火し、燃焼残渣を残さない導火線(糸条体)により各キャンドルの燃焼芯の先端部で連結し、その糸条体の導火によって、多数のキャンドルを順次点火することのできるキャンドルが記載されていると共に、糸条体の所望の導火速度を付与するために糸条体を燃焼剤で処理することが記載されていること、また、仕掛け花火等に使用する通常知られている導火線(糸条体)においても、その使用目的に応じて導火線(糸条体)の導火速度を選択することは、例えば、甲第二五、第二六号証等から明らかなように本件特許の出願前周知のことであること、更に、甲第二三号証、第二四号証の一記載の各キャンドルにおいても、糸条体の導火中における炎の移動により動的装飾効が得られることなどを勘案すれば、本件発明は、甲第二三号証、第二四号証の一、第二五、第二六号証の記載から当業者において容易に発明し得る程度のものと認められる。

したがって、これらの刊行物に記載される技術内容に基づいて本件発明が容易になし得たものとすることはできないとした審決の判断は誤りである。

4  取消事由4((四)の主張に対する判断の誤り)

本件明細書の発明の詳細な説明の項に、「キャンドルへ確実に点火することができる」導火速度として記載されているのは、「装飾効果をもたらす程度の導火速度」、「溶融気化させることがない程、極端に導火速度が速すぎ」ない速度などと極めて不確定なものであり、これを前提として「一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火するものが好ましい。」と記載されているのであり、この「好ましい」という言葉は国語的に解釈すれば、「好都合である」、「望ましい」といった意味であり、単に希望的条件を表示したものにすぎない。したがって、右のような説明が、特許請求の範囲において糸条体の燃焼速度を「一m当り一二秒以上の割合」と数値限定したことを極めて曖昧なものにしていることは明白であって、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明とが対応していない。

次に、本件明細書における表1には、燃焼遅燃剤を燃焼助剤に添加することによって糸条体の燃焼速度を調整できることが、表2には糸条体への燃焼助剤の付着量を変えることによって糸条体の燃焼速度を調整できることがそれぞれ開示されているにすぎない。そして、表1及び表2の説明として「いづれの場合も安定な炎をあげて導火してキャンドルに点火することができた」との記載があるけれども、右記載は、本件特許出願後に加筆補正されたものであり、しかも、その点火条件については何らの開示もないのであるから、右記載を直ちに信用することはできない。とりわけ、表2で使用する糸条体は、一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる極めて細い繊維であるから、この糸条体に、たとえ燃焼助剤のニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着させたとしても、その炎の持つ燃焼熱量は極めて少ないものと思料されるのであり、その炎が一m当り一二秒の割合で導火したとしても、キャンドルのワックスを気化燃焼させ燃焼芯に着火することは不可能であると考えられる。

したがって、糸条体をキャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火させるようにした点が表1、表2及び実施例に十分説明されているとした審決の認定は誤りである。本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明を容易に実施し得る程度に発明の構成が記載されていないものというべきであって、これに反する審決の判断は誤りであり、

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。同四は争う。審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。

二1  取消事由1について

本件発明の要旨中の「多数のキャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸条体に各キャンドルの燃焼芯の先端部で連結され」た点における燃焼速度については、当初明細書の第1表及び第2表に記載されている。即ち、第1表には、ニトロセルロースに遅燃剤の添加量を変えた場合の糸条体の燃焼速度を示すものとして一m当り四七秒のものから一m当り一一六秒までのものが、第2表には、糸条体への燃焼助剤の添加量を変えた場合の糸条体の燃焼速度を示すものとして一m当り一二秒のものから一m当り七六秒までのものがそれぞれ記載されている。被告は、右記載を根拠として、第2表に挙げられている最低値である一m当り一二秒を下限の数値として採用したのである。そして、燃焼速度(s/m)として、具体的に一二、一七、二三等のような数値の記載があり、その下限の一m当り一二秒を採用するとき、これを「一m当り一二秒以上」と記載することは普通に行うことである。右のとおり、本件発明の構成要件である「キャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する」糸条体は当初明細書に記載されていたものである。また、右糸条体が燃焼残渣の少ないものであることは、当初明細書の第五頁に記載のとおりである。

したがって、「キャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸条体」が当初明細書の第1、第2表及び第五頁に記載されており、原告主張の手続補正書により右事項を記載した補正は明細書の要旨を変更するものではないとした審決の認定、判断に誤りはない。

原告は、当初明細書の第1、第2表に記載されたものは、糸条体の燃焼速度を燃焼助剤(ニトロセルロース)に対する遅燃剤の添加量及び燃焼助剤(ニトロセルロース)の添加量によって調整することができることを確認した実験例にすぎず、当初明細書には、第1、第2表に記載されている糸条体が炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼してこれを点火することができた点については何ら記載されていないし、それら糸条体の導火によりキャンドルのワックスを気化燃焼してその点火が可能である点についての示唆すら見当たらない旨主張する。

しかしながら、当初明細書には、本件発明が「複数のキャンドル芯先端部を導火用の糸条体で連結したこと」、「かゝる特長により一ヶ所に点火するだけで全てのキャンドルを自動的に連続的に点火させることが可能となったのである。」ことが記載されており、本件発明がそのための発明であることは同明細書の記載から明らかである。そして、当初明細書の第三頁六行ないし第七頁一行及び同頁二行ないし第九頁四行には、糸条体の材質、形状、燃焼剤あるいは燃焼助剤、可塑剤、軟化剤及びそれらの量割合、燃焼助剤及び遅燃剤により導火用糸条体の燃焼速度を調節できることなどが記載され、その具体例として、糸条体の燃焼速度を一二秒/m以上の各燃焼速度に調節し得た例が第1、第2表に示され、更に、実施例1及び2には、それぞれ本件発明における燃焼速度の範囲内(実施例1は一m当り二分、実施例2は一m当り三〇秒)の糸条体を用いて、多数の炎により文字や形状を表現するようにした多数のキャンドルよりなる装飾用キャンドルにおいて、多数のキャンドルを連続的に点火して優れた効果を奏し得たことが記載されているのであるから、これらの記載を無視して、右各表は、燃焼助剤(ニトロセルロース)に対する遅燃剤の添加量及び燃焼助剤(ニトロセルロース)の添加量によって糸条体の燃焼速度を調整することができることを確認した実験例を記載したものにすぎないとすることが相当でないことは明らかであって、原告の右主張は理由がない。

以上のとおり、昭和五九年七月六日付け及び昭和六一年六月五日付け各手続補正書による補正は、明細書の要旨を変更するものでないから、本件特許出願の出願日が昭和五九年七月六日に繰り下がるものではない。したがって、出願日が右日時に繰り下がることを前提として、本件発明は、甲第一九号証ないし第二二号証、第二七号証及び第二八号証(なお、甲第二〇ないし第二二号証が本件特許の出願後、昭和五九年七月六日以前に発行されたものであること、甲第二八号証の発行日が原告主張のとおりであることは認める。)に記載された技術内容に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとなし得ないことは明らかであって、審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

2  取消事由2ついて

まず、甲第一九号証のカタログは本件特許出願の出願前に頒布されたものではなく、右カタログに記載されているキャンドルは右出願前に公知ではなかった。

次に、原告は、導火速度を速めたり遅めたりする程度のことは当業者が自由に選択できる範囲のものである旨主張するが、その導火速度による効果が同等である場合にはそのとおりであるとしても、その速度により効果に格段の差があるときには、これを自由に、かつ容易に選択できるものではない。本件発明は、導火速度を一m当り一二秒以上のものとすることにより、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキヤンドルに順次火が灯り独特な雰囲気をつくりあげる」ことができたものであり、また、燃焼後残渣の少ない装飾用キャンドルに適したものとすることができたのである。甲第一九号証には、審決認定の装飾用キャンドルが記載されてはいるが、導火速度についての記載は一切ないのである。

したがって、甲第一九号証のカタログに示されるキャンドルに基づいて本件発明が容易になし得たものとすることはできないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

3  取消事由3について

甲第二三号証記載のものにおける点火装置は、導火線により直接にろうそくに点火するものではなく導火線の他に点火球を必要とするものである。

原告は、本件訂正公報には、「キャンドルの芯に燃焼剤を付着しておくと着火しやすくなるため好ましい。糸条体を燃焼芯に連結した後、さらに燃焼芯全体に燃焼剤を被覆してもよい。」との記載があり、本件発明の実施例として、糸条体と燃焼芯との連結部に燃焼剤を被覆して固結部を形成したものが開示されており、この燃焼剤により被覆された固結部は甲第二三号証記載の点火球に相当するものである旨主張する。

しかし、本件明細書には、燃焼剤は燃焼芯全体に被覆してもよい旨記載されていることからも明らかなように、本件発明ではこの燃焼芯を直接被覆するものであるのに対して、甲第二三号証記載の点火球は、同号証の明細書及び第一図から明らかなように導火線を貫いて芯の近くでろうそくに打ち込まれるピンに固定されており、ろうそくの芯と直接接触するものではなく、また導火線もろうそくから離されており、ろうそくへの点火は導火線により点火球が燃え上がり、これがろうそくに点火するものである。したがって、両者は連続的にろうそくに点火する点では軌を一にするものの、その点火方法は全く異なるものであり、甲第二三号証には、本件発明の構成要件である「多数のキャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で、炎をあげて導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸条体に各キャンドルの燃焼芯を先端部で連結される」ことについては何ら記載されていないのである。そして、本件発明の前記効果は同号証記載のものにおいては到底奏することのできないものである。

したがって、両者が根本的に相違するものとした審決の認定に誤りはない。

甲第二四号証の一には、導火用の糸条体が各キャンドルの燃焼芯の先端に連結したものが示されているが、同号証記載の発明は、「不特定の個数の灯明、蝋燭その他一般に公共的又は宗教上の祭典のための照明に役立つものの漸進的かつほとんど瞬間的に点火することを特徴とする」ものであり、糸条体の導火速度については毎秒四〇センチメートル(二・五秒/m)と記載されている。したがって、同号証に記載されたものは、多数のキャンドルに瞬間的に点火することを目的とするものである。同号証には、本件発明の構成の一つである「多数の炎により文字や形状を表現するようになした多数のキャンドルよりなる装飾用キャンドル」については記載されておらず、また、「多数のキャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸条体」を用いることについても何ら記載されていない。

原告は、本件発明の特許請求の範囲において、糸条体の燃焼速度が一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火するものであると限定はしているものの、その糸条体の燃焼速度における数値限定には格別な根拠があるわけではなく、糸条体の導火速度がろうそくへ確実に点火できる程度の導火速度という意味においては、甲第二四号証の「記載の発明と本件発明とは何ら異なるところはない旨主張するが、本件発明は、特定の装飾用キヤンドルにおいて、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、独特の雰囲気をつくり出す」ものであり、このようにするために前記の導火速度を採用したものである。したがって、瞬間的に導火して点火するだけでは本件発明の装飾用キャンドルの所期の目的、効果は達成されないのであるから、原告の右主張は理由がない。

甲第二五号証及び第二六号証には、それぞれ「玩具花火用導火線」及び「導爆線及びその製造方法」について記載されているが、これらはいずれも花火用に用いられる導火線に関する発明であり、右各号証には、特定の装飾用キャンドルにおいて、特定の糸条体を用いること及びそれにより優れた効果を奏し得ることについては何らの記載も示唆もない。

以上のとおりであるから、甲第二三号証、第二四号証の一、第二五号証及び第二六号証に記載された技術内容に基づいて本件発明が容易になし得たものとすることはできないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。

4  取消事由4について

原告は、本件明細書において、特許請求の範囲では「一m当り一二秒以上」と明記するのに対して、発明の詳細な説明では「・・・したがって一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火するものが好ましい」とする点で数値限定として対応しない旨主張する。しかし、この「一m当り一二秒以上の割合」の限定根拠としては、表1、表2及び実施例が挙げられていて、これによって十分説明されており、特許請求の範囲に限定されているものについて、明細書中に「好ましい」なる記載があっても、それだけを取り上げて限定的に解釈されないとすることはできず、この点に関する審決の認定に誤りはない。

前記のとおり、表1、表2及び実施例には、「一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する」糸条体について記載されている。この実施例における「二分/m」(実施例1)、「三〇秒/m」(実施例2)の燃焼速度の糸条体が本件発明における前記速度を有する糸条体であることは明白である。

したがって、本件明細書の詳細な説明には、本件発明を容易に実施し得る程度に発明の構成が記載されていないとする原告の主張を排斥した審決の判断に誤りはなく、取消事由4は理由がない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  本件発明の概要

成立に争いのない甲第一七号証(本件出願公告公報)及び同第一八号証(本件訂正公報)によれば、次の事実が認められる。

本件発明は、多数のキャンドルの各燃焼芯を導火用の糸条体を介して連続的に点火して、多数のキャンドルの炎により文字や形状を表現する装飾用キャンドルに関するものである(右訂正公報第一頁一五行ないし一七行)。従来、多数のキャンドルを群立させて多数のキャンドルの群光源により文字や形状を表現することが提案されており、かかる提案はキャンドルの炎を点光源から群光源として利用するため暗いところでのキャンドルの炎による装飾効果を発揮することのできる優れた方法であるが、実際には多数のキャンドルを一度に点火することは面倒で、時間がかかり、かつキャンドルへの点火のための空白時間によりその場の雰囲気が著しく損なわれるという問題点のためか、この方法は極く一部で採用されているにすぎない(同頁第二三行ないし二八行)。本件発明は、多数のキャンドルへ連続的に点火することにより、その場の雰囲気を損なうことなくキャンドルの群光源としての装飾効果を十分に発揮させることのできる装飾用キャンドルを提供することを目的とするものである(同頁二九行ないし三一行)。本件発明は、前記本件発明の要旨のとおりの構成よりなるものであるが、本件発明の新規な着想は、多数のキャンドルの燃焼芯の先端部を、ワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸条体で連結したことにある(同頁三六行、三七行)。そして、本件発明は、(1)静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気をつくりあげる、(2) 数多くのキャンドルの炎による形象だけでなく、それらキャンドルによって囲まれている物を、炎によって浮かび上がらせることができる、(3) 連続着火が可能である、という効果を奏するものである(同第五頁一〇行ないし一四行、なお、右(1)の効果を奏することは当事者間に争いがない。)。

三  取消事由に対する判断

1  取消事由1について

成立に争いのない甲第二号証(当初明細書)によれば、当初明細書の第1表には、ニトロセルロースに添加する遅燃剤の添加量を変えた場合の糸状体の燃焼速度として一m当り四七秒のものから一m当り一一六秒のものが、同第2表には、糸条体への燃焼助剤(ニトロセルロース)の添加量を変えた場合の燃焼速度として一m当り一二秒のものから一m当り七六秒のものがそれぞれ記載されていること(別紙第1、第2表参照)が認められる。

右のとおり、当初明細書には、糸条体の燃焼速度の最も速い値として「一m当り一二秒」のものが記載されており、また、それより燃焼速度の遅いものも記載されているのであるから、糸条体の燃焼速度の最も速い値を一m当り一二秒とし、これより遅い速度を燃焼速度として採用し、この燃焼速度範囲を「一m当り一二秒以上」と表現したものであると認めることができる。したがって、糸条体の燃焼速度(導火速度)を「一m当り一二秒以上」と記載した補正は、当初明細書に記載されていた事項に基づいてなされたものというべきである。

原告は、当初明細書の第1表及び第2表に記載されているものは糸条体の単なる導火速度を燃焼助剤(ニトロセルロース)に対する遅燃剤の添加量及び燃焼助剤(ニトロセルロース)の添加量によって調整することができることを確認した実験例にすぎず、多数のキャンドルを連続的に点火させるための導火用糸条体に関するものではなく、当初明細書には、第1表及び第2表に記載されている糸条体が炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼してこれを点火することができた点については何らの記載もないし、それら糸条体の導火によりキャンドルのワックスを気化燃焼してその点火が可能である点についての示唆すら見当たらない旨主張するので、この点について検討する。

前掲甲第二号証によれば、当初明細書の発明の詳細な説明の項には、「本発明は装飾用キャンドルに関するものである。より詳しくは複数のキャンドル芯に自動的に連続点火することのできる装飾用キャンドルに関するものである。」(第一頁八行ないし一一行)、「本発明の第一の特長は複数のキャンドル芯先端部を導火用の糸状体で連結したことである。係る特長により一ヶ所に点火するだけで全てのキャンドルを自動的に連続点火させることが可能となったのである。本発明の第二の特長は導火用の糸状体に燃焼助剤を含ませたことにある。かかる特長により導火中に火が消えることなく確実に全てのキャンドルへ点火することが可能となったのである。」(第二頁一七行ないし第三頁五行)と記載されていること、導火用の糸条体に関しても、燃焼助剤、燃焼剤、可塑剤、軟化剤の材質、使用方法、量割合等について詳細に記載されていること(第三頁六行ないし第七頁一行)、燃焼速度が一m当り約二分の糸条体を用いたハート形装飾用キャンドル(実施例1)について、「メモリアルキャンドル芯に点火すると燃焼速度約二分/mでハートの両側から順次隣接するキャンドルを点火させ、約二・五分ですべてのキャンドルに火が着いた。この際黒煙、悪臭は発生しなかった。」(第一二頁一九行ないし第一三頁三行)、燃焼速度が一m当り約三〇秒の糸条体を用いた螺旋形装飾用キャンドル(実施例2)について、「メモリアルキャンドルの芯に点火すると燃焼速度約三〇秒/mで燃焼し、順次上部から下部ヘキャンドルを点火させ一九本のキャンドルを約三五秒かけて全て点火せしめた。この際黒煙、悪臭は発生しなかった。」(第一三頁一四行ないし一八行)と記載されていることが認められる。なお、右実施例1における糸条体の燃焼速度一m当り約二分及び実施例2における糸条体の燃焼速度一m当り約三〇秒が、いずれも本件発明の特許請求の範囲に記載された「一m当り一二秒以上」の燃焼速度の範囲内のものであることは明らかである。

当初明細書における本件発明の目的、構成・効果に関する特徴及び実施例に関する右記載に照らすと、同明細書の第1表及び第2表が、多数のキャンドルを連続的に点火させるための導火用糸条体の燃焼速度(導火速度)に関するものであり、また、当初明細書には、第1表及び第2表に記載されている糸条体が炎をあげて導火し、その導火によりキャンドルのワックスが気化燃焼してこれを点火することができた点について記載されていることは明らかであって、原告の前記主張は理由がない。

本件発明における糸条体について、当初明細書の第五頁に「燃焼剤のうちニトロセルロースは燃焼後全く灰も残らず」との記載、即ち、「燃焼残渣の少ない」ものであることの記載があることは当事者間に争いがない。

以上のとおりであるから、「キャンドルのワックスを気化燃焼させるために一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火する燃焼残渣の少ない導火用の糸状体」という事項を初めて記載した昭和五九年七月六日付け手続補正書による補正及び昭和六一年六月五日付け手続補正書による補正は、明細書の要旨を変更するものではないとした審決の認定に誤りはない。

したがって、右手続補正が要旨の変更に当たり、本件特許出願の出願日が昭和五九年七月六日まで繰り下がることを前提として、本件発明は甲第一九号証ないし第二二号証、第二七号証及び第二八号証(甲第二〇号証ないし第二二号証が本件特許の出願後、昭和五九年七月六日以前に発行されたものであること、甲第二八号証の発行日が昭和五六年一〇月三日であることは当事者間に争いがない。)に示される技術内容に基づいて容易に発明をすることができたものとすることはできないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

2  取消事由2について

成立に争いのない甲第一九号証は亀山ローソク株式会社(原告)発行のカタログ「Wedding Candle by KAMEYAMA」であるが、右カタログにはその作成日時を確認できる記載はなく、本件特許の出願前に頒布されたものか否かについて争いがあるので、まずこの点について検討する。

成立に争いのない甲第三二号証は、大日本印刷株式会社中部事業所営業部長佐藤英一郎及び原告取締役社長谷川誠士作成の昭和六一年一〇月一五日付け証明書であって、同証明書には、「大日本印刷株式会社は昭和五五年一一月二六日原告会社に対し、『カメヤマローソク ウェディングカタログ 装飾用キャンドル(連続着火方式)掲載』四三五〇部を納品し、原告はこれを受領した」旨記載されていること、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三三号証及び第三四号証は、昭和五五年一一月二六日に大日本印刷株式会社より原告に納品されたウェディング用カタログ四三五〇部についての納品書と代金請求書であること、成立に争いのない甲第三五号証ないし第四五号証は、いずれも原告の取引先である株式会社中島晴薫堂他一〇名が昭和六一年一〇月に作成した「確認書」であって、右各「確認書」には、「昭和五五年一二月上旬カメヤマローソク株式会社よりカメヤマローソクのウエディングキャンドルの総合カタログWedding Candle by KAMEYAMA(一九ページに装飾用キャンドル連続着火方式(Love Fire)掲載のもの)を約〇〇部(注 部数は区々である。)確かに受け取りました。このカタログを直ちに結婚式場その他ユーザーに配布致しました。上記のとおり相違ありません。」旨部数の点を除き同文で記載されていること、成立に争いのない甲第四七号証は、原告発行の「カメヤマローソク ウェディングキャンドル 価格表(昭和55年度)」と題するものであるが、同価格表には、「ラプファイヤー セット」、「ラブフアイヤー燭台」(注 「ラブファイヤー」は甲第一九号証の第一九頁に記載されているキャンドルの名称)の価格等が掲載され、末尾に「55.9」と記載されていることがそれぞれ認められる。

ところで、成立に争いのない乙第一号証及び第二号証(いずれも原告発行のカタログ「WEDDING CANDLE」)の各末尾には、それぞれの作成日時あるいは有効期間を示すものと思料される「78.7-3」、「79.3-10」との記載が、同じく乙第四号証(原告発行のカタログ「ウェディング キャンドル」)の末尾には、その作成日時あるいは有効期間を示すものと思料される「A.83.5-10」との記載があるのに対し、原告発行の同一標題の甲第一九号証のカタログには右のような日時又は期間を示す記載がないこと、成立に争いのない乙第三号証(原告発行の「カメヤマローソク ウェディングキャンドル 価格表(昭和56年度)」)には、その末尾に「56.7」との記載があり、右価格表は昭和五六年七月に作成されたものと認められるところ、同価格表に記載されている「カタログ ページ」はいずれも甲第一九号証のカタログのページに対応するものであり、同じく「カタログ ページ」の横に記載されている「プレーン」、「フロスト」等の名称も右カタログに記載されている「Plain」、「Frost」等に対応するものであって(乙第3号証の価格表中、 「ラブファイヤー セット」及び「ラブファイヤー 燭台」の価格等を記載した表の上部には、「カタログ ページ<19> ラブファイヤー」と記載されている。)、甲第一九号証のカタログと乙第三号証の価格表は内容的に整合していて、右カタログの作成日時も右価格表のそれと近接したものである可能性が強いと考えられること、一方、甲第四七号証の価格表には右「カタログ ページ」等の記載はない上、甲第一九号証のカタログに記載されている品目のうち右価格表に記載されていないものが相当数あり、逆に右価格表に記載されている品目のうち右カタログに記載されていないものも数点あるなど右カタログと右価格表は内容的に整合しているとはいえず、右価格表が昭和五五年九月に作成されたものであるとすると、内容的に相当相違している部分のある甲第一九号証のカタログがその僅か二か月後に納品されたというのは不自然であること、原告の取引業者が原告より総合カタログを受け取ったとする時期から前記確認書作成までに約六年が経過していること等に照らすと、甲第三二号証、第三五ないし第四五号証の記載内容はたやすく信用することができず、昭和五五年一一月二六日に原告に納入されたカタログが甲第一九号証のカタログであること、原告の取引業者が同年一二月上旬に受け取ったとするカタログが甲第一九号証のカタログであることについては疑問を持たざるを得ない。

したがって、甲第一九号証のカタログは本件特許の出願前に頒布されたものであり、それに記載されているキャンドルは右出願前に公知となったものである旨の原告の主張は採用できないが、仮に、右出願前に右カタログが頒布されたものであり、それに記載されているキャンドルが公知であったとしても、次に述べるとおり、右カタログに示されているキャンドルに基づいて本件発明を容易になし得たものとすることはできないとした審決の判断に誤りはないというべきである。すなわち、

右カタログの第一九頁に、「多数の炎により文字や形状を表現するようになした多数のキャンドルよりなる装飾用キャンドルにおいて、該多数のキャンドルのワックスを気化燃焼させるために炎をあげて導火する導火用の糸条体に各キャンドルの燃焼芯の先端部で連結され、多数のキャンドルが導火用の糸条体を介して連続的に点火できるようになしたことを特徴とする装飾用キャンドル」が記載されていることは当事者間に争いがない。

ところで、本件発明は、糸条体の導火速度を一m当り一二秒とすることにより、「静的イメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気をつくりあげる」という効果を奏するものであるところ、甲第一九号証には糸条体の導火速度を示す記載はないのであるから(この点も当事者間に争いがない。)、右の効果を奏する糸条体の前記導火速度を想到することは容易になし得ることであるとは認められない。

以上のとおりであるから、取消事由2は理由がない。

3  取消事由3について

(一)  原本の存在及び成立に争いのない甲第二三号証(フランス特許第九二二六三五号の写し)には、「本発明は、一箇所から複数のろうそくに点火できる装置を目的とする。本装置は、ろうそくからろうそくへと続いている導火線、ならびに導火線を貫いてろうそくの芯の近くでろうそくの中に打込まれることになるピンに固定されていて、導火線に点火した時、導火線が燃えるにつれて次々に燃えてろうそくに点火して燃え盡きる点火球を特徴とする。クリスマスツリーに応用した本発明の対象の一つの実施例を以下に示す。ここに、第1図は、クリスマスツリーの小枝の図であり、第2図は、本発明による装置を備えたクリスマスツリーの全体図である。」(訳文第一頁四行ないし一六行)、「・・・この装置の応用は、クリスマスツリーのろうそくの点火に勿論限定されるものではない。即ち一つの物体上、例えば大燭台の上に配置された複数のろうそく、あるいは礼拝の必要なために、この場合には、別々の物体の上に存在することになるろうそくに点火することが問題となる度に、この装置を応用することができる。」(訳文第三頁二行ないし八行」と記載されていることが認められる。

右記載によれば、甲第二三号証記載のものは、多数の炎により形状を表現するようになした多数のキャンドル(ろうそく)よりなる装飾用キャンドルにおいて、導火用糸条体(導火線)がキャンドルからキャンドルへ続いていて、一箇所からの点火により糸条体が燃えるにつれて多数のキャンドルが点火していく点で本件発明と一致しているが、本件発明においては、導火用の糸条体が各キャンドルの燃焼芯の先端部に連結され、多数のキャンドルのワックスを気化燃焼させるためのものであるのに対し、甲第二三号証記載のものは、導火用の糸条体(導火線)が各キャンドル(ろうそく)の近傍に固定され、導火線で点火される点火球が多数のキャンドルのワックスを気化燃焼させるものである点で相違している(このことは原告も認めているところである。)ことが認められる。

原告は、本件訂正公報には「キャンドルの芯に燃焼剤を付着しておくと着火しやすくなるため好ましい。糸条体を燃焼芯に連結した後、さらに燃焼芯全体に燃焼剤を被覆してもよい。」との記載があり、本件発明の実施例として、糸条体と燃焼芯との連結部に燃焼剤を被覆して固結部を形成したものが開示されているとして、この燃焼剤により被覆された固結部は甲第二三号証記載の点火球に相当するものであるから、点火球の存在を理由として、同号証記載の発明と本件発明とが根本的に相違するとした審決の認定は誤りである旨主張する。

しかし、本件訂正公報の右記載からも明らかなように、本件発明においては、燃焼剤が燃焼芯を直接被覆するものであるのに対し、甲第二三号証記載の点火球は、前記のとおり導火線を貫いて芯の近くでろうそくに打ち込まれるピンに固定されており、ろうそくの芯と直接接触するものではなく、また導火線もろうそくから離されており、ろうそくへの点火は導火線により点火球が燃え上がり、これがろうそくに点火するものであるから、本件発明における燃焼剤により被覆された燃焼芯が甲第二三号証記載の点火球に相当するものでないことは明らかであって、点火球の存在を理由として、同号証記載の発明と本件発明とが根本的に相違するとした審決の認定に誤りはなく、原告の右主張は理由がない。

(二)  原本の存在及び成立に争いのない甲第二四号証の一(イタリア特許第二二六号の写し)には、「本発明は不特定の個数の灯明、蝋燭その他一般に公共的又は宗教上の祭典のための照明に役立つものの漸進的かつほとんど瞬間的な点火を特徴とする。」(訳文第一頁八行ないし一一行)、「灯芯の末端は塩素酸塩又は燐酸塩含有のパルプを装着しておかなくてはならない。しかし最も確実な手段であって発明者がもっぱら採用するよう提案するものは、予め小さな瓶の内で灯芯末端の繊維を分散させておくことであり、この手段は、何ら装着の必要なしに、つねに成功する。」(訳文第四頁一九行ないし第五頁五行)、「第2図は一連の蝋燭又は大蝋燭への本システムの適用を示す。先行のケースにおけると同様に蝋燭Bの芯mは一本の導火線Mにより連結してあり、この導火線の一端に点火して炎をすべての蝋燭へ伝えれば足りる。」(訳文第五頁六行ないし一〇行)、「以下この新規の点火法の不可欠の補足物である導火線の調整について記述する。硝酸モノヒドラト三容積部を六六度硫酸五容積部と混合する。この混合物一l中に一本の糸に撚った木綿約一〇〇gを浸す。三〇分後に大量の水で、リトマス紙に反応のなくなるまで洗う。こうしてから、アンモニア性溶液によって木綿にアルカリ洗浄を施す。改めて流水で洗い、引続いて木綿を、硝酸で僅かに酸性とした水に浸す。最後に、木綿に最終の流水での洗浄を施し、日陰で乾燥させる。こうして極めて強い、引火性の、毎秒四〇cmの速度で燃焼し、その燃焼後に残渣を残さない糸が得られる。これが照明を構成するすべての灯明に炎を伝えるのに役立つ線である。」(第五頁一一行ないし第六頁八行)と記載されていることが認められる。

右各記載によれば、甲第二四号証の一には、毎秒四〇cm(一m当り二・五秒)の割合で炎をあげて導火する燃焼残渣の少ない導火線M(導火用糸条体)が各蝋燭(キャンドル)の芯m(燃焼芯)の先端部で連結され、多数の蝋燭が導火線Mを介して連続的に点火できるようになしたことを特徴とする公共的又は宗教上の祭典用(装飾用)蝋燭が記載されているものと認められる(導火線の導火速度が毎秒四〇cmであることは当事者間に争いがない。)。

前記のとおり、甲第二四号証の一には「漸進的かつほとんど瞬間的な点火」、「毎秒四〇cmの速度で燃焼」と記載されているように、同号証記載の発明における導火線の燃焼速度はかなり速いものであり、そのため、「灯芯の末端は塩素酸塩又は燐酸塩含有のパルプを装着しておかなくてはならない」、「予め灯芯末端の繊維を分散させておく」と記載されているように、確実に灯芯に点火させるために灯芯末端に何らかの加工を施す必要のあるものである。これに対し、本件発明は、糸条体の燃焼速度を「一m当り一二秒以上」とすることにより、灯芯先端部に何ら加工を施す必要もなく確実にろうそくの芯に点火していくことができ、「静的なイメージしかなかったキャンドルの炎に動きを与え、緊張感と期待感の中でキャンドルに順次火が灯り、独特の雰囲気を作りあげる」という効果を奏するものであるから、本件発明の糸条体の燃焼速度は甲第二四号証の一記載の発明からは容易に想到することのできないものと認めるのが相当である。

原告は、本件訂正公報に「糸条体の一m当りの燃焼時間は上述のように容易に調節することができるが、キャンドルの燃焼芯に被覆したパラフィンワックスが導火中の炎で溶融気化させることができない程、極端に導火速度が速すぎるとキャンドルへの点火は困難である。導火中の炎による装飾効果をもたらす程度の導火速度であれば、キャンドルへ確実に点火することができる。したがって、一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火するものが好ましい。」と記載されていることを理由として、本件発明における糸条体の燃焼速度の数値限定には格別な根拠はなく、糸条体の導火速度がろうそくへ確実に点火できる程度の導火速度という意味においては、甲第二四号証の一記載の発明と本件発明とは何ら異なるところはない旨主張するが、本件発明における糸条体の導火速度である一m当り一二秒以上というのは、単にろうそくへ確実に点火できる程度の導火速度をいうものではなく、それとともに前記効果を奏するものとして設定された数値であるから、この点を前記甲第二四号証の一の発明と同列に論ずる原告の右主張は理由がない。

(三)  成立に争いのない甲第二五号証(実公昭四一-二二二三七号公報)に記載されている考案は、玩具花火用導火線の構造に関するものであり(第一頁左欄一八行、一九行)、同号証には、導火線の燃焼速度を一〇cm当り八秒ないし一〇cm当り二〇秒に調節できる(同頁右欄三二行ないし三四行)との記載があることが認められる。しかし、同号証には、一〇cm当り二秒ないし一〇cm当り五秒では燃焼が早過ぎ、被着火物への点火性もよくないなどと記載されていること(同頁左欄三四行、三五行)、一般に玩具花火用導火線は非常に短いものであり、かつ、安全上点火してからその場を離れるものであるため、かなりゆっくりとした燃速を持たせる必要があり、右導火線は連続して順次被着火物に点火させるものでもないこと(この点は技術的に明らかである。)からすると、玩具花火に関する同号証記載の導火線の燃焼速度から本件発明における糸条体の導火速度を想到することは容易になし得ないものと認めるのが相当である。

成立に争いのない甲第二六号証(特公昭五〇-二五五二二号公報)に記載されている発明は、アジ化鉛または類似の重金属アジ化物を含有する糸状体を芯とし、その周囲を柔軟性保護膜で被覆してなる導爆線およびその製造方法に関するものであり(第一頁左欄二八行ないし三一行)、同号証には、「本件発明製造方法によれば一二〇〇m/secより二五〇〇m/secの爆速の導火線を任意に製造し得る。」(第一頁右欄二六、二七行)と記載されていることが認められる。右のとおり甲二六号証記載の糸状体の燃焼速度は、本件発明におけるものとは相当かけ離れたものであり、かつ右導爆線は、基本的に爆音、爆風、爆圧を伴うものである(第一頁左欄末行ないし右欄二行)から、同号証記載の糸状体の燃焼速度から本件発明における糸条体の燃焼速度を想到することは容易になし得ないものと認めるのが相当である。

(四)  以上のとおりであるから、甲第二三号証、第二四号証の一、第二五、第二六号証に記載された技術内容に基づいて本件発明が容易になし得たものとすることはできないとした審決の判断に誤りはなく、取消事由3は理由がない。

4  取消事由4について

原告は、本件明細書中の「糸条体の一m当りの燃焼時間は上述のように容易に調節することができるが、キャンドルの燃焼芯に被覆したパラフィンワックスが導火中の炎で溶融気化させることができない程、極端に導火速度が速すぎるとキャンドルへの点火は困難である。導火中の炎による装飾効果をもたらす程度の導火速度であれば、キャンドルへ確実に点火することができる。したがって、一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火するものが好ましい。」(本件訂正公報の第四頁の表2の下一行ないし五行)との記載は、本件発明の特許請求の範囲において糸条体の燃焼速度を「一m当り一二秒以上の割合」と数値限定したことを極めて曖昧なものとしており、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明とが対応していない旨主張する。

しかし、前掲甲第一七、第一八号証によれば、本件明細書には、ニトロセルロースに添加する遅燃剤の添加量を変えた場合の糸条体の一m当りの燃焼時間を示すものとして、別紙第1表と同一の内容の表1が、糸条体に含ませるニトロセルロースの添加量を変えた場合の糸条体の一m当りの燃焼時間を示すものとして、別紙第2表と同一の内容の表2が挙げられ、「いずれの場合も安定な炎をあげて導火してキャンドルに点火することができた。」と記載されていること(甲第一八号証第三頁二四行ないし第四頁表2の下二行まで)、実施例1及び2についても、前記1で認定したと同一の記載がある(同第五頁一八行ないし三七行)ことからすると、本件発明の特許請求の範囲において糸条体の燃焼速度を「一m当り一二秒以上の割合」と数値限定したことは、右表1、表2及び実施例1、2によって根拠づけられ、十分説明されているものと認めるのが相当である。したがって、本件明細書中に「一m当り一二秒以上の割合で炎をあげて導火するのが好ましい。」という記載があるからといって、これが、前記数値限定を極めて曖昧なものとしているということはできず、また、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明とが対応していないということもできないのであって、原告の主張は理由がない。

そして、当初明細書の第1表及び第2表と同一内容の表1及び表2が、多数のキャンドルを連続的に点火させるための導火用糸条体の燃焼速度(導火速度)に関するものであることは、前記1に説示したところからも明らかであるから、表1には燃焼遅燃剤を燃焼助剤に点火することによって糸条体の燃焼速度を調整できることが、表2には糸条体への燃焼助剤の付着量を変えることによって糸条体の燃焼速度を調整できることがそれぞれ開示されているにすぎないとする原告の主張も理由がない。

成立に争いのない甲第四六号証によれば、原告は、一二本のキャンドルを九cmずつの間隔に配置し、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体(なお、本件明細書の表2に記載されている導火用糸条体も一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる糸条体にニトロセルロースを付着させたものである。)を用いて、キャンドルの燃焼芯に対して連続点火するかどうかについて実験したが(一〇例)、いずれの場合も直接点火した一本目のキャンドルの燃焼芯のみが着火し、この着火と同時に二本目のキャンドルとの間に位置する糸条体の先端側(一本目のキャンドル側)が移動して、その糸条体に導火せず連続点火することができなかったことが認められる。また、成立に争いのない甲第四八、第四九号証によれば、原告の依頼により三重県工業技術センターは、一八本のキャンドルを六cmずつの間隔に、一一本のキャンドルを一〇cmずつの間隔にそれぞれ配置し、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体を用いて、キャンドルの燃焼芯に対して連続点火するかどうかについて実験したが(六cm間隔のもの一五例、一〇cm間隔のもの二例)、いずれの場合もキャンドルの燃焼芯への点火と同時に導火用糸条体の先端が燃焼芯から離脱し、自重により下方に移動することによって炎が消え、連続点火しなかった(但し、六cm間隔のもの一五例のうち二例は、導火用糸条体により最初のキャンドルの燃焼芯に点火した。)ことが認められる。

ところで、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六号証によれば、被告の依頼により岡山県工業技術センターは、三本のキャンドルを六cmずつの間隔に配置し、ニトロセルロースを一m当り〇・〇一g付着した一七〇デニールのポリプロピレン繊維からなる導火用糸条体を用いて、キャンドルの燃焼芯に対して連続点火するかどうかについて実験したが(一〇例、導火速度の平均値一m当り一三・一秒)、キャンドルの燃焼芯への点火と同時に導火用の糸条体の先端が燃焼芯から離脱して下方に移動することにより糸条体に導火しなかったり、あるいは炎が消えるというようなことはなく、いずれの場合も連続点火したことが認められること、本件明細書中の「キャンドル間を連結した導火用の糸条体によりキャンドルに火が着いて糸条体が焼け切れた時、糸条体が垂れてしまう。垂れ方が激しい場合・・・糸条体の炎が立ち消えてしまう恐れがある。又、炎が消えなくても糸条体の炎が滑らかに走らず波うつ状態で走って、キャンドル芯への点火が困難となることがある。・・・したがって、上記燃焼剤は、糸条体が連結されるキャンドル間の距離により適宜付着させて糸条体の極端な垂れを防ぐことが好ましい。通常キャンドル間の距離は二〇cm以下好ましくは二cm~一五cmであるため、あらかじめ上記間隔で糸条体が極端に垂れない程度に燃焼剤を付着させて剛性を付与させておくことが好ましい。」(前掲甲第一八号証第三頁八行ないし一七行)との記載に照らすと、表1及び表2記載のものも、糸条体が極端に垂れるなどして糸条体の炎が立ち消えすることのない程度にキャンドル間の距離を設定し、それに相応する適宜の量の燃焼剤を付着して行われたものと推認するのが相当であることからすると、甲第四六、第四八号証記載の前記各実験結果をもって、表1及び表2記載のものについての前記「いずれの場合も安定な炎をあげて導火してキャンドルに点火することができた。」との記載は信用できないとすることは相当でないというべきである。そして、本件明細書には、表1及び表2の他、実施例について前記のとおりの記載があり、導火用の糸条体に関しても、燃焼助剤、燃焼剤、可塑剤、軟化剤の材質、使用方法、量割合等について詳細に記載されており、かつ審決が摘示するように、燃焼熱量は点火されるローソクの形状、構造、大きさ、材料等の条件により実験的に適宜定められるべき事項であることをも勘案すれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明を実施し得る程度に発明の構成が記載されているものというべきである。

以上のとおりであるから、主張(四)に対する審決の判断に誤りはなく、取消事由4は理由がない。

四  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙

第1表

ニトロセルロース(重量%) 遅燃剤(重量%) セルロース微粉末 タルク 燃焼速度(s/m)

100 0 0 47

90 10 0 55

87 10 3 60

80 20 0 72

77 20 3 75

70 30 0 87

60 40 0 99

60 37 3 102

50 50 0 116

(用いた糸状体は綿糸20番手を3本撚りにしたものでそれに燃焼助剤を0.18g/m付着させた。)

第2表

ニトロセルロースの付着量(g/m) 燃焼速度(s/m)

0.01 12

0.02 17

0.03 23

0.05 35

0.10 62

0.50 76

(用いた糸状体は170dのポリプロピレン繊維)

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